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ハヤカワオンラインに新刊のお知らせが出ました。 [グイン・サーガ正篇134巻]

今朝みたら、ハヤカワオンラインが更新されていました。http://www.hayakawa-online.co.jp/product/books/21170.html

うつくしいです、丹野忍先生、よくぞ・・ありがとうございます。

たいへん長らくお待たせしましたが、「売国妃シルヴィア」は10月10日の発売が決まりました。なにとぞよろしくお願いします。


同人のほうもほそぼそ完成に向かってますので、こちらもよろしかったら・・たぬきの肉球 http://tanu-no-hidari.blog.so-net.ne.jp/2014-07-21  

「あとがき」 [お知らせ]

おはようございます。

のっけから質問ですが、みなさんは「あとがき」を順番通りに読む派、それとも「あとがき」を先に読む派どちらですか?

わたしは「あとがき」は、本文を読んでから読む派です。グイン・サーガでもそうでした。いや、何冊か例外はありますが。「あとがき」をジックリよむのは、余韻にひたったりコーフンを鎮めるためもありましたが、まったく逆の作用になってしまったこともあったりそれはそれで懐かしい思い出であります。

いつでしたか栗本先生は「あとがき」で、グイン・サーガはあとがきだけで千枚を越えるなぁ、と書いてらしたことがありましたね。そう考えると、やはりとんでもない作品だと、今さらですが身にしみます。

栗本薫先生のグイン・サーガの「あとがき」で、記憶につよく残っているのはやはり第一巻「豹頭の仮面」の「あとがき」なのです。
ヒロイック・ファンタジー——それは、本質的に《夜》に属する物語である。夜と闇、呪文といかがわしい黒魔術、淫祠邪教と病んだ魂とに。
この一文が好きすぎて、自作「サイロンの挽歌」のあとがきに引用させていただきました。
すき、とライトにいってよいのか、小暗くいかがわしい闇に属する嗜好をみたされたわけなのですが。これはハワードのコナン・シリーズや、エルリックの白子のサーガ、シャンブロウに代表されるムーアの一連の作品を読んだときから、底流のようにながれを感じとったものでした。淫祠邪教の祭壇に捧げられる生け贄の悲鳴絶叫、断末魔の苦鳴、犠牲者の絶望——絶望。闇をいっそう昏くする、人の心がうみだす闇。ヒロイック・ファンタジーを読みだした初期、その闇の深さ、底知れなさ、謎──に立ちすくみ、当惑させられながらも、忘れられなくなった、魅了されたものです。

などと、朝っぱらから、昏い回顧にひたってしまうのは、ようやく「売国妃シルヴィア」を脱稿いたしました。遅れてすいません(小声)
この後ゲラをやって、そのあと苦手な「あとがき」を書きあげれば、なんとか、秋ごろにはお届けできるのではないかと思っています。

外は大雨。朝から昏かったのですが、今ようやく薄日がさしてきたかなという感じです。

あけましておめでとうございます。 [新年のご挨拶]

あけましておめでとうございます。
http://www.amazon.co.jp/dp/4150311382

  しみじみと、忍せんせいありがとうござウマした☆





年末、旅をしてまいりました。南東北からスタートして、はやぶさで盛岡へ、そこから一転、乗り合いバスで片道3時間弱かけて、久慈へ。観光とかでなく、ただ、行ってみたかった・・。ぷち風吹の中をえんえん山あいを走るバスの旅でした。たどり着いた久慈駅の待合室のガンガンに炊かれたストーブでしばれた手指・足指を溶かしたのが心にしみた。もっと時間に余裕をもって、さかなくんが紹介していた駅前水族館とか、あまちゃんの舞台にもなった海岸のほうにもいってみたほうがよかったかな、とは後でちょっと思いましたけど、とにかく主旨が「まず行ってみる」だったわけで・・無計画とは云えますけどね。
雪国にはこれからとうぶん「白ひと色」の季節がつづくのですね。

雪国といえば、やはりケイロニアに心が向かってしまいます。(雪のアレイエ街道ってきっとこんな感じ?)宵野グインでは、いましばしケイロニアを舞台におつきあい頂きますが、こちらは春〜夏にかけて、一年でいちばん美しい、人々が心をうき立たせる季節を迎えようとしております。(ウツ展開のくせに・・と思われてそうですが)いや、ほんとうによい季節が巡りくるのですよ。イトスギのすがすがしい香りが漂ってくる、そんな・・。
サイロンでは、そろそろ夏祭りの準備がはじまります。ロザンナさんは、厨房で新作パンを成形しているのかもしれませんね。

お正月気分のせいで、まったくオチがついてませんが、本年もグイン・サーガと宵野ゆめをよろしくお願いいたします。




緋色の空をバックに豹頭王 [サイロンの挽歌(12月刊)のカバーイラスト]

みなさま、こんにちは。
本日発売のSFマガジン1月号の巻頭《グイン・サーガ》正篇続篇刊行記念の特集にて、ちょこっと抱負など語らせていただいております。
今月すでに発売となっております、五代ゆう先生の「パロの暗黒」と並んで、
「サイロンの挽歌」9784150311384-1.jpgのカバーイラストがどーんとアップで紙面に載っております。ど迫力で、グイン陛下を支えるウマがウマが・・! http://www.hayakawa-online.co.jp/product/books/21138.html サイロンのカバーイラスト、真紅が基調になっているあたり「パロの暗黒」のカバーの緑と対をなしているのかな、などと思ったりも。ほんとうにステキな表紙を、丹野忍先生、ありがとうございます。

真紅というのは、なかなか難しい配色ではないのかな、丹野先生さすがだなと感心すると同時に、そうなのか「サイロンの挽歌」のイメージってこの血のような真紅だったのかと。たしかにいくつかのシーンで「真紅」はおもわせぶりに登場してきてますね。はんぶんぐらい無意識なもので、1冊のほんの表紙がめくるめくその色で染められたのをみると感慨ひとしおです。

血のように赤い・・。

血といえば、紅涙の絞れるぐらいありがたいことに、SFマガジンのグイン特集においては、風野春樹先生、久美沙織先生、小谷真理先生から「サイロンの挽歌」のレビューをいただいております。
久美先生からは、「サイロン」は「七人の魔道師」からダイレクトに栗本先生の血肉にひとしいグイン世界の血管や神経をつなげようとしているとお言葉をいただきまして。そない大それた気持ちはなかったけどできるだけ精気がぬけぬよう繋げたらは確かにあったので、それはグインの物語が、栗本先生のお書きになった《世界》というものが切れば血がでるし、傷ましいことが起きれば読み手にもその鮮烈な痛みがつたわる「生き物」だったからだと。そうかやっぱり、思い知りました。だからグインが空にかかった怪異を斬りさく時に書き割りや舞台用の血のりではない、「ほんとうの血」が飛びちってみえたのか・・今になって了解するしだいです。久美先生ありがたい気持ちでいっぱいです。

風野先生の「おっさんばかりのケイロニア」にはうふっ(笑)としましたけど。ご心配なく、おっさん大好物なので!! いや、そんなここで強調するのもなんですが。。

いつも以上にわけのわからないことをほざいておりますが、ほんとうにステキなイラストにかっこいいレビュウが掲載されております。12月初旬にでる132巻と共にSFマガジンもご購読いただけたらと存じます。

SFコンテスト大賞受賞、六冬和生さんの「みずは無間」の一部が掲載。
最終候補作下永聖高さんの「オニキス」が一挙掲載 もされております。


最後に、先生、ここまで参りました。先生の偉大な仕事を繋ぐという特のつく大オペレーション、これは移植手術でいうたら輸血する血液型がちがう、脊髄のHLA型も適合するかどうかという言語道断博打じみたプロジェクトです。弟子の中でいちばん博打ベタの自分が携わっているのがとてつもなくふしぎですが。
いつかワークショップのみんなと先生の手術の成功を祈って何時間も待ったその時の気持ちに今はちかいかもしれません。あの時も先生は大丈夫、常人にない強運をもっている「死に、ぎりぎりまで近づいても、きっと生還する」ヒロイック・ファンタジーというものを教えてくれたのが栗本薫先生なのだから、安心とつよい信頼をもって・・でもそれでもヤーンに祈らずにいられなかった、あの時とおなじ気持ちで宵野はおるのです。

ゾンビで飾る・・?




いえ、パロの暗黒で、カバーイラストを飾っているのは竜頭兵ですね。エメラルドグリーンがとても美麗な。
ではサイロンの挽歌って・・ゾ・・? こごえで云ってみます。しのぶ先生(w)

どきどき [グイン・サーガ正篇続篇、 ついに刊行開始!]

ハヤカワ・オンライン(これから出るほん)
http://www.hayakawa-online.co.jp/product/issue_schedules/paperback/list.html
このページを覗くたび、どきどきしておりましたが(小心)。

いえ、五代先生のパロ篇が先なんですけど。その点についても今手もとにゲラがきている「サイロンの挽歌」のあとがきに恥ずかしいけど書いております。でもきっといいほうのどきどき(良性のストレス)だと信じて。

カバーイラストもでました(22日訂正)、ほんとうに楽しみですね。

「パロの暗黒」http://www.hayakawa-online.co.jp/product/books/21134.htmlが11/08発売、ということは「サイロンの挽歌」は12のその頃でしょうか?
思いかえさば3年前、「宿命の宝冠」を書かせていただくことになって、出来上がったプロットとキャラ表を命日(12月7日)が近かったもので、西新宿のおじいちゃんのお墓に見せにいったのでした。超個人的回想モードにはいる(笑)
その段階では「サイロン」を書くことになるなんて夢にも思ってませんから、大河小説がそうであるようにリアルの事象の【変遷/ながれ】こそふしぎっちゃー神秘的だなあと感慨にひたってもおります。とにかく3年の月日って短いようでながいなぁ・・と。



改めて、栗本薫先生の「グイン・サーガ」、畢生のヒロイック・ファンタジーの登場人物の「生/リアル」を引き継いでゆく【新しい枝葉/グイン・サーガ・ワールド】をよろしくお願いいたします。

                                 宵野ゆめ 拝

ジャガー猫の赤ちゃん [グイン・サーガ]



グインさんに子供が生まれたら・・これくらいカワイイ?

執事という職能

http://jp.ibtimes.com/articles/49122/20130914/87870.htm

特殊な技能、スキルとして、もうコレ、ビジネスとして割り切れるということですね。
「日の名残り」ももう、古典にはいるわけか・・。

フト、シュニッツラーの《輪舞》の中で、ウイーンの貴族出身の武官(だったと思う)が、中国人の使用人の掃除のしかたが「風変わりだ」とぼやくシーンを思いだしたりも。いろいろ隔世の感ありますな。


といっても、自分に執事萌えや主従萌えってあまりないんです。むしろロボット(人工の怪物)と、人間(支配者にして創造主たるフランケンシュタイン博士)との確執が根強くありますね(笑)

残暑お見舞い申し上げます。(というか暑さスパートな頃) [季節のご挨拶]

ほんとうに暑い毎日ですが、みなさまいかがおシノギでしょうか?
こんな時よりによって東京にいます。
実家でオトナシク「宿題」やっておるわけですが(笑)

ここ(江戸川区の端っこ)からは、巨大なツリーがよく見えます。
夕方おさんぽに出かけますと、清掃処理のえんとつのさらに奥に「ぬっ」とね。
でもはるかなタワーより、足下にたぷたぷ打ち寄せる運河の水のほうが慕わしいかな。
真夏の水辺はほっとしますね。
何が釣れるのかな? 親子づれで釣りをされてますね。ボクは、大胆にも、膝上まで水にはいっちゃってたりして・・。
ふと「三年、レントの海を見ないと死んでしまう」のせりふがよぎりました。
この運河の水も海につづく。
逃げようのない灼熱の下で、ふと意識をおよがせる。ほんの僅かだけども、涼がとれるかな・・と。


そうそう、ついにソラマチ限定「豹がらのおしっぽ」買ってたべたのでした。見た目かわわ〜いい、チョコバナナクリームあっま〜い、でしたけど。一番のインパクトは、販売されているお嬢さんたちも「ヒョウ柄」だったことです! 思わず「ほんきですね!」と申し上げたら、力強く「めちゃめちゃほんきです」お答えをいただきました。今年、いちばん力強いリアクションだったかもw
ちなみに、おともだちは「ふなっしー」のヌイグルミにはしっていたけれど(爆)

そんなこんなで、夏休みが過ぎてゆく〜宿題(自社持ち分)はあと20ページぐらい? 
まだまだ、ツリーの幹は遠くはるかなり。さ、がんばろう。

画像は祇園のかきごおり屋さんですが(笑)130711_162710.jpg

いつかかえるになる日まで [栗本薫]

「いつかかえるになる日まで」http://www.amazon.co.jp/dp/4938280337
栗本薫先生の未発表作品がでます!
それも、今までに発表されたことのない「童話」です。
Amazonの内容説明によれば、幼いむすこさんのために書かれたもので、出版するつもりもなくお書きになったものなのだそうです。


なもので、自分の紹介のしかたもいつもとすこしちがいます。
この本は栗本薫先生の筆名でだされるんだけど、もしかしたら、多重人格をみとめてらした先生の、もっとも奥深くにあって最もゆたかにものを書く人格そのものを統御していたというかアトラスのように支えていたもの・・母性で書かれたものなんじゃないかなって、ほんと、妄想チックなんですが思ってしまうのです。
ワークショップの時、先生は姉御肌の面を生徒であるわたしたちに向けていらして、わたしなどにはほんと頼もしく「背中を見て、学ばせてもらう」みたいなところがあったんですけど、それはやはりリアルで母親でいらしたそのことに負う部分も大きかったんじゃないかしら?
かなり以前のことですけど、中島先生のホームページで、スーパーで連れているお子さんを泣かせてしまうお母さんのことを書かれていらして、その時の視点がとても「お母さん」だったので感銘をうけたりもしました。
それと、わたしが栗本先生に出逢ったさいしょの「ケンタウロスの子守歌」その第3話で女性飛行士が「ベビー」と遭遇するの、その時の視点がものすごくやさしくて、読み手(わたし)はもうそこで泣いてしまうんだけど、ああ思い出すとあのときすでに「お母さん」の視点だったわ・・とも思うわけで。いえ、なんで30年以上も前の話を思い出しなみだぐむんだか・・(笑)

とにかく「異色」と銘打たれてますけど、わたしにはむしろスタンダードな栗本薫なような気もいたします。イラストレーターの北沢夕芸氏の描き下ろしも、とてもたのしみな一冊です。

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